東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)90号 判決 1966年9月26日
原告 島林元紹 外二名
被告 東京都知事 外四名
主文
1、原告らと被告東京都を除くその余の被告らとの間において、被告東京都知事が別紙第一物件目録記載(一)、(二)の土地に対し自作農創設特別措置法第三条に基づき昭和二六年二月九日付買収令書をもつてなした買収処分は無効であることを確認する。
2、被告秋山札五郎は原告らに対し別紙第三物件目録記載(一)の土地につき東京法務局調布出張所昭和二六年三月二二日受付第一、二〇〇号をもつてした自作農創設特別措置法第一六条に基づく売渡しを原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。
3、被告本橋豊吉は原告らに対し別紙第三物件目録記載(二)の土地につき同出張所同日受付第一、一九九号をもつてした同条に基づく売渡しを原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。
4、被告秋山半之亟は原告らに対し別紙第三物件目録記載(三)の土地につき同出張所同日受付第一、一九六号をもつてした同条に基づく売渡しを原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をし、かつ、右土地を明け渡せ。
5、被告東京都は原告らに対し別紙第三物件目録記載(一)、(二)の土地につき同出張所昭和三一年一二月二一日受付第一四、九九五号をもつてした同日付買収を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をするとともに右両地上にまたがつて存在する木造瓦葺平家二戸建居宅床面積五七・〇二四七平方メートル(一七坪二合五勺)一一棟を収去して右土地を明け渡し、かつ、昭和三一年一二月二一日から右明渡し完了の日まで三・三〇五七平方メートル(一坪)当り一か月金二〇円の割合による金員を支払え。
6、訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
(当事者双方の申立て)
第一、原告らの申立て
一、第一次的請求の趣旨
主文と同旨。
二、第二次的請求の趣旨
1、被告東京都知事が別紙第三物件目録記載(一)ないし(三)の土地に対し自作農創設特別措置法第三条に基づき昭和三九年九月一七日付買収令書をもつてなした買収処分はこれを取り消す。
2、訴訟費用は被告東京都知事の負担とする。
三、第三次的請求の趣旨
1、原告らと被告東京都知事および被告秋山札五郎との間において、被告東京都知事が別紙第三物件目録記載(一)の土地につき昭和二六年二月一日付売渡令書をもつて被告秋山札五郎に対してなした売渡処分は無効であることを確認する。
2、原告らと被告東京都知事および被告本橋豊吉との間において、被告東京都知事が同目録記載(二)の土地につき同日付売渡令書をもつて被告本橋豊吉に対してなした売渡処分は無効であることを確認する。
3、原告らと被告東京都知事および被告秋山半之亟との間において、被告東京都知事が同目録記載(三)の土地につき同日付売渡令書をもつて被告秋山半之亟に対してなした売渡処分は無効であることを確認する。
4、訴訟費用は東京都を除くその余の被告らの負担とする。
第二、被告らの申立て
一、第一次的および第二次的請求に対する申立て
1、原告らの請求をいずれも棄却する。
2、訴訟費用は原告らの負担とする。
二、第三次的請求に対する申立て
(一) 本案前の申立て
1、本件訴えを却下する。
2、訴訟費用は原告らの負担とする。
(二) 本案の申立て
1、原告らの請求をいずれも棄却する。
2、訴訟費用は原告らの負担とする。
(当事者双方の主張)
第一、請求原因
A、第一次的請求原因
一、別紙第一物件目録記載(一)、(二)の土地(以下、本件第一の(一)、(二)の土地という。)は、原告らの亡父島村満(以下、原告ら先代という。)が昭和一九年三月一日訴外矢田部玉造、同上野常五郎の両名から買い受けて所有権移転登記手続を了したものであるが、昭和二四年一一月一六日原告ら先代が死亡したので原告らおよび原告らの母島村てつがこれを相続した。しかるに、右てつも昭和三二年一〇月二六日死亡し原告らが同人を相続した。
被告東京都知事は、昭和二六年二月九日自作農創設特別措置法(以下、自創法という。)第三条の規定に基づき原告ら先代に対し同日付更正買収令書(以下、本件更正買収令書という。)を発行して本件第一の(一)、(二)の土地を買収し、同年三月二二日本件第一の(一)の土地を別紙第二物件目録記載(一)ないし(三)の各土地(以下、本件第二の(一)、(二)、(三)の土地という。)に分筆した上、自創法第一六条に基づき本件第二の(一)の土地については被告秋山札五郎を、本件第一の(二)の土地および本件第二の(三)の土地については被告本橋豊吉を、本件第二の(二)の土地については被告秋山半之亟をそれぞれ相手方として昭和二六年二月一日付売渡令書を各発行して売渡処分(以下、本件売渡処分という。)をなし、主文第二項ないし第四項記載の日付で各所有権取得登記手続を了した。
昭和二八年三月一〇日千歳第二土地区画整理組合の換地処分により被告秋山札五郎が売渡しを受けた本件第二の(一)の土地は別紙第三物件目録記載(一)の土地に、被告本橋豊吉が売渡しを受けた本件第一の(二)の土地および本件第二の(三)の土地は別紙第三物件目録記載(二)の土地に、被告秋山半之亟が売渡しを受けた本件第二の(二)の土地は別紙第三物件目録記載(三)の土地となつた。(以下、別紙第三物件目録記載(一)、(二)、(三)の土地を本件第三の(一)、(二)、(三)の土地という。)
被告東京都は、昭和三一年一二月二一日被告秋山札五郎から本件第三の(一)の土地を、被告本橋豊吉から本件第三の(二)の土地をそれぞれ買い受け、主文第五項記載の所有権取得登記を経由した上、右両地上にまたがつて木造瓦葺平家二戸建居宅床面積五七・〇二四七平方メートル(一七坪二合五勺)一一棟を建設し、これを都営住宅として所有して右両土地を占有している。
被告秋山半之亟は現在本件第三の(三)の土地を占有している。
しかるところ、被告東京都知事は、昭和三九年九月一七日再び本件第三の(一)ないし(三)の土地を買収すべく自創法第三条の規定に基づき原告らに対し同日付買収令書(以下、本件新買収令書という。)を発行し、同月一八日これを原告らに交付した。
二、しかしながら、まず、本件更正買収令書による買収処分は無効である。すなわち、
(一) 本件更正買収令書による買収処分には、次に述べるような手続上のかしがある。
(1) 買収令書の交付がない。
すなわち、昭和二二年一月二〇日付二二農局第八〇号農政局長より農地事務局長、地方長官あて「農地等の買収及び売渡事務要領について(第二)」と題する通達の「第七買収令書の発行」第八項によれば、都道府県知事はその作成した買収令書を買収すべき土地の所在地を所轄する市町村農地委員会に送付するものとし、これを受け取つた農地委員会は送付を受けた買収令書中不在地主の分については不在地主の住所地を所轄する市町村農地委員会にその送達を依頼し、依頼を受けた農地委員会は当該買収令書の記号その他を控えた上これを名あて人に送達し、受領証および委任状を集めてこれを買収令書の送達を依頼した農地委員会に返戻すべきものと定められている。しかるに、本件の場合、原告ら先代の住所でありかつ原告らの住所でもあつた東京都江戸川区平井三丁目二、〇七八番地を所轄していた江戸川区農地委員会備付けの「買収令書受領証及委任状発送控綴簿」(甲第五号証の一、二)には本件更正買収令書の作成日付たる昭和二六年二月九日ころあるいはその後に同農地委員会が本件第一の(一)、(二)の土地の所在地を所轄する世田谷区西部地区農地委員会(以下、西部地区農地委員会という。)から本件更正買収令書の送達を依頼されたような形跡がない。
また、東京都経済局農地課管理係特別会計班の保存する「農地買収令書訂正原議綴」(甲第三号証の一ないし四)によると、本件更正買収令書ほか一七通の買収令書の交付手続につき都内在住地主に対してはその住所地を所轄する農地委員会に依頼して交付することと決定されている。しかるに、江戸川区農地委員会が本件更正買収令書の送達を依頼された形跡のないことは前述のとおりである。しかも、これに加えて、右「農地買収令書訂正原議綴」中「第一案」と題する部分(甲第三号証の二第二葉)に「関係農地委員会長宛」と記載してあるその直下には、都内在住地主に対する買収令書の交付を依頼した農地委員会として世田谷区西部地区、武蔵野市、目黒区、中野区の各農地委員会名が記載され、それぞれ発送契印も押なつされているのに、江戸川区農地委員会名の記載はない。
これをみれば、本件更正買収令書が原告らに交付されていないことは明らかである。
被告東京都知事は、他に買収令書の不送達を申し出る者がいないのであるから本件更正買収令書も原告らに送達されているはずであると主張する。しかしながら、これはまつたく理由のない主張である。他の者は完全に送達を受けたかも知れないし、また不送達ではあつたが対価の支払を受けてあきらめたかも知れない。想像すれば可能性は無限である。本件は例外ではあるかも知れないが、送達されなかつたので、以下に述べるような事実が生じたのである。
同被告は、また、本件更正買収令書が不送達ならばそれのみで直ちに種々の処置がとられるはずで、これをしていないことは右買収令書が送達されていた証左であると論じているが、これは一般民衆が農地買収には買収令書が作成され交付されるものであり、これを欠けば買収の効力を生じないものであることを了知しているとの前提に立つ議論である。しかしながら、かかる手続およびその手続の効力のごときは、専門家には常識であつても、一般には必ずしも周知ではない。本件のように国家権力により買収されすでに登記も終つているという状態は、一般民衆にとつて抵抗しがたいものを感じさせるものであつて、多少なりとも法律的知識のある者に遭遇するまでしかるべき処置をとるのが遅れるのはやむを得ないことである。
これに加えて、原告らは昭和二六年度固定資産税を同年四月、六月、九月、一二月の四回に分けて最後まで納付している。その税額をみると、年間合計税額は金一、五五〇円であるが、本件更正買収令書記載の買収対価は合計金二、四三〇円七二銭である。かかる買収令書の交付を受けた者が、その買収対価の六割強に当る税金を買収後も唯々諾々と納付するであろうか。そのようなお人好しはおるまい。このことからも、原告らが本件更正買収令書の交付を受けていないことは明らかである。
(2) 本件更正買収令書による買収処分は、これに先行すべき買収計画の樹立、公告、縦覧および東京都農地委員会の承認等の手続がなされていないから、無効である。
すなわち、西部地区農地委員会は、本件第一の(一)、(二)の土地を不在地主の所有する小作地と認め、自創法第三条第一項第一号に基づき、買収すべき農地の表示を「千歳第二土地区画整理地一四の二畑七畝一七歩、同番畑二畝二五歩、同番畑一反九畝八歩」、土地所有者を「矢田部玉造」として買収計画を樹立し、買収計画書を昭和二三年一月一四日から二三日までの一〇日間世田谷区役所砧支所に掲示して公告し、一般の縦覧に供した。そして、東京都農地委員会の承認を得た上で、被告東京都知事は、昭和二四年一月一〇日付で矢田部あてに買収令書を発行したが、同人に交付することができなかつたので同年一二月一日東京都告示第一、一一八号―二をもつて交付に代わる公告をした。しかるに、同被告は昭和二六年二月九日再び本件第一の(一)、(二)の土地を買収すべく土地所有者を原告ら先代、買収すべき土地を本件第一の(一)、(二)の土地とする本件更正買収令書を発行して右土地を買収した。しかし、右買収計画の樹立、公告、縦覧、東京都農地委員会の承認等の手続はあくまでも矢田部を対象としてなされた別個の行政処分であるから、原告ら先代を土地所有者としてなされた右買収処分の先行手続とはいえない。
かりに矢田部を所有者とする右買収計画の樹立等の手続が本件更正買収令書をもつてなされた買収処分の前提手続として意味があるとしても、農地の買収手続においては何人が所有者であるかはもつとも重要な事項であるから、これを誤つてなされた右買収計画は無効である。しかも、右買収計画においては、買収すべき土地として本件第一の(一)、(二)の土地の仮換地として指定された土地を表示しているが、右は本件第一の(一)、(二)の土地と同一性がないから、この点からいつても右買収計画は無効である。そして、右のように矢田部を所有者とする買収計画が無効である以上、その後の買収手続はすべて無効というべく、したがつて、本件更正買収令書による買収処分は無効である。
(3) 被告らは、被告東京都知事が本件更正買収令書を発行するに先立ち、西部地区農地委員会は改めて原告ら先代を土地所有者とする買収計画を樹立し自創法第六条第五項所定の公告、縦覧の手続を経て東京都農地委員会の承認を得たと主張するが、原告らはそのような事実は知らない。かりにそのような一連の手続があつたとしても、右は先になされた矢田部を所有者とする前記買収計画の樹立、公告、縦覧、承認等の手続の更正処分としてなされたもので、独立の買収手続とはいえない。そして、無効な行政処分を更正してもそのかしが治癒されることはあり得ないところ、前記のとおり矢田部を所有者とする買収計画の樹立等の一連の手続は無効なのであるからこれを更正してもそのかしは治癒されることはない。したがつて、原告ら先代を土地所有者としてなされた右買収手続は無効である。
また、かりに被告ら主張のように本件更正買収令書を発行するに先立ち原告ら先代を所有者とする独立の買収計画の樹立等の一連の手続がなされたとしても、右買収計画においては買収の時期を昭和二三年三月二日と定めているから、これは買収の時期を買収計画樹立前に遡及して定めたものであつて、右買収計画はこの点において重大かつ明白なかしがあり無効である。したがつて、これを前提としてなされた本件更正買収令書による買収処分は無効である。
(二) 本件第一の(一)、(二)の土地は買収を許さざる土地である。
(1) 本件第一の(一)、(二)の土地は農地ではない。
すなわち、右土地は、原告ら先代が宅地として利用する目的で買い受けたものであるが、被告秋山札五郎、同本橋豊吉がこれを不法に耕作していたため宅地として利用することができなかつたものであるから、右土地は本件更正買収令書によつて買収された当時自創法にいう農地ではなかつたというべきである。しかるに、被告東京都知事は右事実を確かめることなく漫然とこれを農地と認定して買収した。よつて、右買収処分はこの点において重大かつ明白なかしがある。
(2) かりに本件第一の(一)、(二)の土地が農地であつたとしても、小作地ではない。
前記のように右土地はもと被告秋山札五郎と同本橋豊吉とが二分して不法に耕していたものであるが、原告ら先代がこれを買い受ける前、すなわち、昭和一九年初めごろその当時の所有者矢田部玉造と右被告らとの間に右土地明渡しの調停が成立した。したがつて、同被告らはその後本件第一の(一)、(二)の土地を耕作しうべきなんらの権限もないにもかかわらず、依然としてこれを不法に占有して明け渡さず、原告ら先代が宅地として利用することはもちろん耕作に供することをも妨害していたのである。しかるに、被告東京都知事は右事実を確かめず十分な資料もないのにもかかわらず漫然と本件第一の(一)、(二)の土地を小作地と認定して買収した。したがつて、右買収処分は重大かつ明白なかしがあり無効である。
(3) かりに小作地であるとしても、本件第一の(一)、(二)の土地は自創法第五条第四号により買収から除外されるべき土地であつた。すなわち、同法第五条第四号によると、「都市計画法第十二条第一項の規定による土地区画整理を施行する土地その他主務大臣の指定するこれに準ずる土地又は都市計画による同法第十六条第一項の施設に必要な土地の境域内にある農地で都道府県知事の指定する区域内にあるもの」は自創法第三条による買収をしないと規定しているが、右は同法制定に当り農地調整法中農地の強制譲渡に関する規定を自創法に移したもののうちの一規定であつて、農地調整法第四条の四第四号(昭和二〇年法律第六四号による改正後のもの。以下同じ。)の「都市計画法による土地区画整理施行地区内に在る農地にして地方長官の指定する区域内に在るもの」に対応すべき規定である。したがつて、右農地調整法第四条の四第四号による地方長官の指定はこれを取り消すべき特段の事情のない限り自創法第五条第四号の買収除外地の指定としての効力を有するものと解すべきところ、本件第一の(一)、(二)の土地に対してはすでに昭和二一年六月二〇日付東京都告示第三一〇号をもつて農地調整法第四条の四第四号の区域内とする東京都長官の指定がなされていたのであるから、これを無視してなされた本件更正買収令書による買収処分は重大かつ明白なかしがあるものというべく、無効である。
(4) かりにしからずとするも、本件第一の(一)、(二)の土地は本件更正買収令書によつて買収された当時自創法第五条第五号にいう近くその使用目的を変更することを相当とする農地で買収除外地の指定がなされるべきものであつた。すなわち、千歳第二区画整理組合は昭和一七年八月一三日その設立の認可を得て本件第一の(一)、(二)の土地を含む附近一帯の土地に対して区画整理工事の施行を初めたが、そのころすでに右土地附近は三年ないし五年以内に宅地化すべきことが予想されていた。その後、戦争による空白のため宅地化の時期は多少ずれたが、本件更正買収令書による買収処分がなされるまでには仮換地がなされるほど工事は進行し、点々と住宅が存在していて宅地化は必然の勢いであつた。かりに右のような本件第一の(一)、(二)の土地を含む附近一帯の宅地化の形勢はしばらくおくとしても、右土地自体を見れば、右買収処分当時にはその宅地化の必然性が明白に予見された。すなわち、右土地は京王線千歳烏山駅または蘆花公園駅より徒歩約一〇分以内の交通の便良好な位置にあり、かつ、バスの通行する大通りと幅員約三・六メートル(二間)の裏通りの両公道が北側と南側とに直接し住宅地として好適の立地条件を有していた。しかも、右土地は北西側に二階建の長大なアパートがあり、また、右アパートの北側から右土地の北東側にかけて区画整理による処分地が連続しており、右土地の東南側の至近距離には農家の宅地ばかりでなく非農家(郵便局員)の宅地があつた。もつとも、右の処分地には本件更正買収令書による買収処分がなされた当時建物は存在しなかつたが、前記区画整理組合により区画整理費用ねん出のためすでに昭和二一、二年ごろ宅地として事実上売却されていたものである。かくして、本件第一の(一)、(二)の土地は北西側より北東側にかけて直接住宅地にかこまれ、南東側は至近に宅地を控え、他は公道に面するという状況にあつたのであるから、この土地が近い将来宅地に使用目的を変更することを相当とする農地に該当することは容易に判定できたはずである。しかるに、右土地につき買収除外地の指定をなさず、これを本件更正買収令書により買収したことには重大かつ明白なかしがある。
(5) なお、被告らの主張事実のうち、千歳第二土地区画整理組合が本件第一の(一)、(二)の土地につき別紙第一図面記載のとおり仮換地を指定したことおよびその区画整理道路部分については境界を定め溝を堀るなどの工事が行なわれたことは認めるが、右仮換地指定の日付および相手方は不知。右仮換地指定後も被告本橋豊吉および秋山札五郎が依然として従前の土地を耕作していたとの点ならびに右区画整理道路部分がその後間もなく耕作されたとの点は争う。また、右組合が前記仮換地の指定を取り消して新らたに原告ら先代に対して被告ら主張のとおりの仮換地指定を行なつたことは認めるが、その日付は争う。右日付は、昭和二四年八月三一日から同年九月二日までのキテイ台風により原告らが右仮換地指定図面を流失している事実から推定して少くともその以前であることは確実であり、また、処分地が本件第一の(一)、(二)の土地の買収前に決定され右買収から除外されている事実ならびにこれを右組合が昭和二一年二月五日訴外鎌田彦太郎に金六、七五一円で売り渡している事業等より推定して被告ら主張の日付より相当に早い時期であつたと推定される。右第二回の仮換地指定が処分地ねん出のためになされたことおよび右組合の第二二回および第二三回評議員会において仮換地変更の件を議決していることは知らない。なお、右評議員会の議決が右第二回仮換地指定とは関係がないはずであることは前述のところから明白である。さらに、被告本橋豊吉と被告秋山札五郎が右仮換地のとおり耕作することになつたこと、別紙第二図面表示の処分地が昭和二四年暮ころ塩田俊男に売却されたこと、しかし、右処分地は塩田が昭和二七年夏ころ吉井外二名に売却するまで右被告らによつて耕作されていたことおよび飛換地された部分が仮換地の前後を通じて農地であつたことはいずれも争い、右処分地が塩田から吉井外二名に売却されたことは認める。右処分地は、千歳第二土地区画整理組合が前記のとおり昭和二一年中に鎌田に売り、恐らく鎌田から塩田が譲り受けて昭和二四年に右組合の承認を得、昭和二七年に至りこれを吉井らに売り渡したものである。また、被告本橋豊吉、同秋山札五郎が第二回仮換地を耕作したと主張するが、それがいつからかは主張では判然としないし、少くとも飛換地部分は仮換地後第三者(訴外林昌夫)が庭木の植込用地として使用していたものであり、本訴提起後被告秋山半之亟があわてて林と話合いをつけ占有を開始するに至つたものである。さらに、被告らの主張によれば、右処分地は塩田から吉井外二名に売却される昭和二七年まで被告本橋豊吉、同秋山札五郎が耕作していたことになるが、かりにしかりとすれば、昭和二四年塩田が右処分地を買い受けた後右被告らはいかなる権限で耕作してきたものか了解に苦しむのである。
三、本件新買収令書による買収処分は、次に述べるような重大かつ明白なかしがあるから無効である。
(一) 右買収処分には前項(ただし、(一)の(1)の点を除く。)において述べたようなかしがある。
(二) かりに右の主張が容れられないとしても、本件新買収令書の発行の先行手続である買収計画の樹立等が左の理由によりすでに失効している。すなわち、買収令書発行の先行手続である買収計画の樹立等がなされた後長期間にわたり買収令書が発行されず未買収の状態が継続している場合にはこの事実状態の継続を尊重してその先行手続は効力を失つたものと解すべきところ、本件新買収令書による買収の時期は昭和二三年三月二日であり、また右買収令書発行の先行手続がなされたのも遅くとも昭和二六年一月以前のことであり、結局、右買収令書が発行されるまでに右買収の時期から一六年半、また右先行手続完了のときから一三年半余の長期間が経過していることになるから、その先行手続はすでに効力を失つたものというべく、もしなお買収の必要があるときは改めて手続をやりなおすべきである。そして、かく解することが時効の法理に合致し、また社会通念にもそうものである。
(三) かりにしからずとするも、かかる長期間の経過により社会的、経済的諸条件は次に述べるとおり著しく変動した。したがつて、かかる場合には新たに買収令書を発行しても無効と解すべきである。すなわち、
(1) 本件第三の(一)ないし(三)の土地は現在三・三〇五七平方メートル(一坪)当り約金七万円の時価を有しているのに、本件新買収令書に記載された右土地全部の買収対価は右三・三〇五七平方メートル(一坪)の時価の約三〇分の一にすぎない金二、四三〇円七二銭であつて、その間に著しい懸隔を生じている。買収の対価は買収計画樹立当時の経済状態において成立することを考えられる価格に基づき合理的に算定するのが原則であり、右買収の対価もかようにして算出された相当な額であるといえるかも知れない。しかしながら、買収の対価を買収計画樹立当時を基準として算定するのは、法律が手続の通常の進行を予想し買収完結までの多少の時間のずれによる社会的、経済的諸条件の変動等には大差がないものとみているからであつて、本件のように長期間を経過した場合は法のまつたく予想しないところである。したがつて本件のように買収計画樹立後買収完結までに長期間を経過し買収すべき土地の価格に著しい変動を生じた後になお当該土地を買収しようとするならばすべからく新たに現時点において合理的に算出された相当な額により買収すべきである。しかるに、被告東京都知事は漫然と従前の買収対価を記載して本件新買収令書を発行した。これは買収の対価を記載しないにひとしいものといわなければならない。
(2) 東京都内における住宅不足は深刻化し、一方食糧事情は好転して、東京都近郊においては陸続として農地、山林が宅地化されている。本件第三の(一)ないし(三)の土地附近もほとんど宅地化され、辛うじて残つている耕作地も農業経営により生計をたてるというのではなく、地価の値上り待ちのためにあるにすぎないことは周知のとおりであり、また、この附近の農地の宅地転用が簡単に(ほとんど自動的に)許可されていることは被告東京都知事自身がよく知つているはずである。しかして、本件第三の(一)、(二)の土地は前述のように現在都営住宅が建築され都営住宅の敷地として使用されており、また、本件第三の(三)の土地は現在空地として草ぼうぼうのまま放置されていて近く宅地として使用されるであろうことは周囲の状況からみて一目りよう然であるから、いずれも現況は宅地である。そして、これを農地に復元することは社会的、経済的にみてもはや不可能である。したがつて、かかる土地を現在農地として買収することは自創法の精神からみて許されないものといわなければならない。自創法は一応買収すべき土地の状態決定の基準時を定めてはいるが、それはあくまでも農地として将来使用されることを前提とするものである。かかる可能性の喪失している土地まで基準時に農地であつたという理由で買収することを許すものではない。したがつて、右のように現在農地として使用する可能性を失つた本件各土地に対し古い買収計画の形がいを利用して買収手続を強行しようとするのは、自創法の精神に背馳するもはなはだしいものである。
(3) 本件新買収令書の発行は権利の濫用である。すなわち、被告東京都知事の本件新買収令書の発行交付が、自創法の意図する自作農を創設し、土地の農業上の利用を増進するためになされたものでないことは叙上により明々白々である。その意図するところは、一に被告東京都および同秋山半之亟の宅地としての所有を合法化するためのものでしかない。農地法施行法第二条によれば、自創法廃止後も自創法の手続を開始しているものについては従前の手続によるとされているが、これはあくまでも自創法の意図する目的遂行上必要な場合のことであり、無制限にこの手続によりうるとされるものではない。すなわち、本件のように、従前の手続の形がいを利用して実は第三者の利益擁護を図るというような敵本主義に利用することを許すものではない。
四、被告らは、本件更正買収令書および本件新買収令書による買収処分がいずれも無効であるとしても、本件第一の(一)、(二)の土地、したがつて本件第三の(一)ないし(三)の土地は依然として農地であり農地法の規定によりいずれ買収されるべきものであるから、原告らの本訴第一次的請求は権利の濫用として許されず、かりにしからずとするも行政事件訴訟法第三一条の類推適用により棄却すべきであると主張するが、前述のように右各土地附近は現在完全に住宅地となつており、右各土地そのものもその現況は宅地ないし少なくとも近い将来土地使用の目的を変更し農地以外のもの(宅地)とすることを相当とするものであるから、これを農地として再び買収することは許されないものといわなければならない。したがつて、被告らの権利濫用の主張は理由がなく、行政事件訴訟法第三一条を類推適用して本訴第一次的請求を棄却すべきであるとの主張もまた失当である。
五、よつて、原告らは、被告東京都を除くその余の被告らとの間において本件更正買収令書による買収処分が無効であることの確認を求めるとともに、被告秋山札五郎に対しては本件第三の(一)の土地につき主文第二項記載の、被告本橋豊吉に対しては本件第三の(二)の土地につき主文第三項記載の各所有権取得登記の抹消登記手続を求め、被告秋山半之亟に対しては本件第三の(三)の土地について主文第四項記載の所有権取得登記の抹消登記手続と右土地の明渡しを求め、被告東京都に対しては本件第三の(一)、(二)の土地につき主文第五項記載の所有権取得登記の抹消登記手続をなすとともに右両土地上に存する都営住宅一一棟を収去して右土地を明け渡し、かつ、同被告が右土地の占有を開始した昭和三一年一二月二一日から右土地の明渡しを完了する日まで三・三〇五七平方メートル(一坪)当り一カ月金二〇円の割合による賃料相当の損害金を支払うべきことを求める。
B、第二次的請求原因
一、かりに右に主張してきたところが容れられず被告東京都知事が本件新買収令書をもつてなした買収処分が有効と認められる場合があるとしても、右買収処分にはすでに述べたようなかしがあり、それは少くとも右買収処分の取消原因に該当するから、原告らは第二次的請求として右買収処分の取消しを求める。
二、被告東京都知事は、仮定主張として、行政事件訴訟法第三一条による請求棄却の判決を求め、その理由として右買収処分を違法として取り消してみても本件第三の(一)ないし(三)の土地は農地法により再び買収されることを免れ得ないことをあげる。しかし、右の主張は誤りである。けだし、すでに述べたとおり本件第三の(一)ないし(三)の土地は住宅に取り囲まれ完全に宅地化し、すでに社会的、経済的に農地復元は不可能となつており、したがつて、これを農地法により買収しようというのは農地法の目的を知らないもはなはだしく、これまた違法として取り消しを免れないからである。
C、第三次的請求原因
かりに本件更正買収令書による買収処分が有効であるとしても、それが買収処分としての効力を生ずるのは原告ら先代に対し本件更正買収令書が発行された昭和二六年二月九日以降のことである。しかるに、被告東京都知事は同年二月一日付をもつて売渡令書を発行して本件売渡処分をした。したがつて、右売渡処分は、右買収処分がその効力を発生する前になされたものであるから、重大かつ明白なかしがあり、無効である。
しかして、右売渡処分が無効と確定されたときは、本件第一の(一)、(二)の土地、したがつて本件第三の(一)ないし(三)の土地はすでに自作農創設等の目的に供することを相当としない土地であることが明白であるから、原告らは農地法第八〇条に基づき優先的に売払いを受けるべき法律上の地位を有するものであり、したがつて、右売渡処分の無効確認を求める法律上の利益がある。
よつて、第三次的請求の趣旨記載のような判決を求める。
第二、被告らの答弁および主張
A、第一次的請求原因に対する答弁および主張
一、請求原因第一項記載の事実は、被告東京都が本件第三の(一)、(二)の土地につき主文第五項記載のような所有権取得登記手続を了したとの点を除き、すべて認める。同第二項(一)記載の事実は、矢田部玉造を土地所有者として原告ら主張のような買収手続および買収処分が行なわれたことは認めるが、その余は争う。同項(二)記載の事実のうち、被告秋山札五郎、同本橋豊吉両名が原告ら先代において本件第一の(一)、(二)の土地を買い受ける以前からこれを二分して耕作していたこと、右各土地が昭和二一年六月二〇日付東京都告示第三一〇号により東京都長官から農地調整法第四条の四第四号による買収除外区域に指定されたこと、本件更正買収令書による買収処分当時右各土地が千歳第二土地区画整理組合の土地区画整理事業施行区域内にあり、附近に二階建アパートがあつたこと、右各土地が京王線千歳烏山駅から徒歩約一〇分以内のところにあることは認めるが、その余は争う。同第三項記載の主張の趣旨は否認する。
二、本件更正買収令書による買収処分には原告ら主張のような手続上のかしは存在しない。すなわち、
(一) 千歳第二土地区画整理組合の土地区画整理事業施行区域が昭和二一年六月二〇日付東京都告示第三一〇号をもつて当時の東京都長官から農地調整法(昭和二一年法律第四二号による改正前のもの)第四条の四第四号の規定による買収除外の指定を受けるに至つたので、右区画整理事業施行区域内に存在していた本件第一の(一)、(二)の土地はいわゆる第一次農地改革による買収を免れたが、その後自創法によるいわゆる第二次農地改革が開始されるに及んで、右各土地も不在地主の所有する小作地として買収されることとなつた。ところで、丁度そのころ右土地区画整理事業の進行に伴い区画整理事業施行区域内の各土地について仮換地が指定され、その仮換地には仮地番がつけられていたので、西部地区農地委員会はその仮換地、仮地番によつて本件第一の(一)、(二)の土地の買収手続を進めることとした。
そこで、西部地区農地委員会は、本件第一の(一)、(二)の土地につき昭和二三年一月一四日土地所有者を「矢田部玉造」、買収すべき土地の表示を右各土地の仮換地の仮地番である「千歳第二土地区画整理地一四の二畑七畝一七歩、同番畑二畝二五歩、同番畑一反九畝八歩」、買収の時期を「同年三月二日」として買収計画を樹立し、その買収計画書を同年一月一五日から二四日までの一〇日間世田谷区役所砧支所に掲示して公告し、一般の縦覧に供した。その後右買収計画は東京都農地委員会によつて承認されたので、被告東京都知事は昭和二四年一月一〇日付で矢田部玉造あてに買収令書を発行したが、同人が住所を変更しその移転先が不明だつたため右買収令書を同人に交付することができず、同年一二月一日その交付に代えてこれを公告した。
西部地区農地委員会は、右に述べたように千歳第二土地区画整理組合の土地区画整理事業施行区域内の各土地の買収手続を仮換地、仮地番による表示によつて行なつてきたが、その後右の表示によることは適切でないことが明らかとなつたので、同農地委員会は本来の表示によつて買収手続をやり直すこととした。そして、その買収手続のやり直しは更正買収手続の形によることとしたが、その際に同農地委員会は本件第一の(一)、(二)の土地の所有者が矢田部玉造ではなく原告ら先代であることに気がついた。かくして、西部地区農地委員会は、昭和二五年一一月二日本件第一の(一)、(二)の土地に対する更正買収手続の第一段階として土地所有者を原告ら先代、買収すべき土地の表示を別紙第一物件目録(一)、(二)記載のとおり、買収の時期は前回と同じく昭和二三年三月二日とする更正買収計画を樹立し、そのころ右買収計画書を世田谷区役所砧支所に掲示して公告し、法定の期間一般の縦覧に供した。右更正買収計画は昭和二六年一月二六日付で東京都農地委員会によつて承認されたので、被告東京都知事は同年二月九日付で原告ら先代あてに本件更正買収令書を発行し、これをそのころ原告ら先代の住所でありまた原告らの住所でもあつた東京都江戸川区平井三丁目二、〇七八番地に送付して原告らに交付した。
したがつて、本件更正買収令書による買収処分には手続上のかしはない。
(二) 原告らは本件更正買収令書の交付を受けていないと主張するが、右更正買収令書が昭和二六年ころ原告らに到達していることは次に挙げることから十分にこれを認めることができる。
(1) まず、本件更正買収令書が作成されていることは、東京都経済局農地課管理係特別会計班保存の「農地買収令書訂正原議綴」(甲第三号証の一ないし四)の記載および右更正買収令書の控え(乙第二号証の七、八)の存在によつて明らかであり、また、かくして作成された本件更正買収令書に被告東京都知事の公印が押なつされていることは右「農地買収令書訂正原議綴」中の「訂正令書又は更正令書(取消書)発行交付者名簿」(甲第三号証の三)により明らかである。
そこで思うに、すでに買収令書が作成されて知事印が押なつされている以上は、それが名あて人に対して発送され、名あて人に到達しているとみるのが自然のなりゆきであるから、本件更正買収令書は原告らに到達したものとみなすべきであつて、これに反する原告らの主張は自己の利益のためにするものにすぎないというべきである。
(2) また、本件更正買収令書は他の一九名の被買収農地所有者に対する買収令書とともに作成され知事の公印を押なつされたものであるが、右被買収者のうち買収令書をまだ受領していないという者は原告らのみであつて、他の一九名の者たちはだれ一人としてそのようなことを申し出ていない。かえつて、右被買収者中の一人である塩田俊男はこれを受領していると明言し、また、同じく訴外関田博も同趣旨のことを述べている。これらのことよりすれば、原告ら先代に対する本件更正買収令書も他の一九名の者たちに対するものと同様に到達しているものと認められる。
(3) もつとも、前記「農地買収令書訂正原議綴」中の「農地買収に対する更正令書交付について伺」(甲第三号証の二)によれば、原告ら先代に対する本件更正買収令書がその住所地を所轄する江戸川区農地委員会を経由して交付されたことを証するに足りる契印は欠けているけれども、そのことによつて本件更正買収令書が江戸川区農地委員会を経由しなかつたと断定することはできないのみならず、かりに同農地委員会を経由しなかつたとしても、被告東京都知事から直接にまたは本件第一の(一)、(二)の土地の所在地を所轄する西部地区農地委員会を経由して原告らに送付されることもありうるのである。のみならず、右「農地買収令書訂正原議綴」によれば、本件更正買収令書と同時に発行された買収令書のうちには本件更正買収令書と同様に被買収者の住所地を所轄する農地委員会を経由していないと認められるものも多数あるが、それらの被買収者から買収令書を受領していないとの申入れはまだ一件もないのであるから、それら被買収者に対しては被告東京都知事から直接にまたは西部地区農地委員会を経由して買収令書が送達され、いずれも到達しているものと推測されるものである。したがつて、原告らに対しても本件更正買収令書は送達され到達しているものと認められる。
(4) さらに、原告島村元紹は昭和二七年か二八年のいずれかに本件土地の現場に来て本件第一の(一)、(二)の土地の一部に建物が建てられていることを指摘してこれに関し農業委員たる関田博の釈明を求め、これに対し同人が右建物の建てられている土地は土地区画整理上の処分地であつて本件更正買収令書による買収処分の対象となつた土地とは別物件であると説明をしたことがあるが、原告島村元紹が被告秋山札五郎や被告本橋豊吉が耕作していることを問題とすることなく原告ら先代が従前所有していた土地の一部に建物が建てられていることのみを問題としたのは、本件第一の(一)、(二)の土地が農地解放のために買収されたことを前提としてそれが農地として利用されていないことを指摘する趣旨であり、また、関田博が農業委員たる立場でこれに対して釈明をしているのはやはり右各土地が農地解放によつて買収されたことを前提として原告島村元紹が農地として利用されていないという点について説明を求めたのに対する釈明であることは明らかである。
思うに、その時までに原告らに対して本件更正買収令書が到達していなかつたとすれば、原告島村元紹はその時土地所有権に基づいて何よりも先に被告秋山札五郎および被告本橋豊吉に対してその耕作権原について詰問すべきであるのにかかわらずその挙にいでず、あえて農地解放の精神に反して解放農地の一部が宅地となつていることのみを問題としたのは、そのとき以前に本件更正買収令書が原告島村元紹に到達していたため、同原告が本件更正買収令書による買収処分のあつたことを承知していたためであると認めざるを得ない。
(5) かりに本件更正買収令書が原告らに到達していなかつたとすれば、原告らはそのことを知つた時に直ちに本件訴えを提起すべきであつたにもかかわらず、原告らは本件更正買収令書による買収処分のあつたことを知つたと主張する昭和二七年末ころから五年以上も経てはじめて本訴を提起している。このことからすれば、原告らの本訴提起は原告らの買収を免れるための努力とそのための調査の結果関係書類の散逸していることを発見したことに起因するものであると認められる。
(6) 以上要するに、本件更正買収令書は昭和二六年二月九日ころ原告らに交付されたものと認めるに十分であるが、原告らがこれを争うので、被告東京都知事はさらに念のため昭和三九年九月一七日農地法施行法第二条第一項第一号の規定に基づき同日付で本件新買収令書を発行し、同月一八日原告らに交付した。したがつて、いずれにしても本件第三の(一)ないし(三)の土地は現在有効に原告らから買収されている。
(三) 原告ら先代に対する右買収手続は、更正買収計画の樹立、更正買収計画書の公告、縦覧、承認、更正買収令書の発行、交付というように、それぞれ「更正」という名称がつけられているけれども、いずれも自創法第六条第一項、第五項、第八条、第九条等の各法定要件を充足しているものであるから、その名称いかんにかかわらず、原告ら先代に対する独立の買収手続(既存の手続の更正ではなく)として有効である。なお、右買収計画において買収の時期を買収計画樹立時前に遡らせて定めている点にかしがあるとしても、右は重大かつ明白なかしとはいえないから本件買収手続は有効である。
(四) かりに原告ら先代に対する右各買収手続が独立の買収手続としての効力を有するものではないとしても、本件更正買収令書による買収処分は左記の理由により有効である。すなわち、
(1) 自創法第六条第二項は、買収計画において定めるべき事項として、買収すべき農地、買収の時期および対価を規定しているが、買収すべき農地の所有者その他の事項については何も規定していないから、かかる事項は買収計画の要件ではないと解すべきである。換言すると、一連の農地買収手続は買収令書の交付を除いていずれも対物的処分であるというべく、したがつて、一般的に農地所有者を誤認してなした買収計画の樹立、公告、縦覧、承認等の手続はすべて適法かつ有効であると解すべきだからである。まして、本件においては、所有者を誤つたとはいえ矢田部は本件第一の(一)、(二)の土地とはまつたく無関係な第三者ではなく前所有者の一人であるから、この点からいつても同人に対する買収計画が無効であるとはいえない。
原告らは、矢田部に対する右買収計画における土地の表示は本件第一の(一)、(二)の土地と同一性を欠く旨主張する。右買収計画における土地の表示が本件第一の(一)、(二)の土地の仮換地として指定された土地の表示を用いていることは前記のとおりであるが、当時客観的にみて右表示が本件第一の(一)、(二)の土地を指すものであることは明らかであるから、原告らの右主張は失当である。
右のとおり矢田部に対する買収計画の樹立、公告、縦覧、承認等の手続がすべて有効である以上、原告ら先代を所有者として本件更正買収令書を発行してなされた本件第一の(一)、(二)の土地に対する買収処分はこれら一連の有効な買収手続につぎ木されたものとして有効である。
(2) かりにかく解することが困難であるとしても、矢田部に対する買収計画の樹立、公告、縦覧、承認等の買収手続が有効である以上、右手続は原告ら先代に対するものとして更正買収計画の樹立、公告、縦覧、承認、本件更正買収令書の交付等の行為によつて更正されても有効であるというべく、したがつて、本件更正買収令書による買収処分は有効である。
三、本件第一の(一)、(二)の土地は買収の対象となるべき農地である。
(一) 本件第一の(一)、(二)の土地は小作地たる農地である。すなわち、右各土地はもと訴外塩田松之助の所有であつたが、大正一二年ころ被告本橋豊吉が約一、〇九〇・九〇九〇平方メートル(一反一畝)を、被告秋山札五郎がその余全部を同人から賃借して耕作していたものである。そして、右両被告は、大正一五年八月二〇日矢田部玉造と上野常三郎が右両土地の所有者(共有)となり、さらに原告ら先代が所有者となつてからも本件更正買収令書による買収処分がなされるまで引続き右両土地の耕作を継続していたものであり、同被告らと塩田松之助間の賃貸借関係は農地調整法第八条によりそのまま同被告らと矢田部、上野両名、さらに原告ら先代との間に順次引き継がれた。なお、昭和一八年ころ矢田部と右被告らとの間に小作関係の調停手続が行なわれたことがあるが、同被告らはその後も矢田部に賃料を支払つて来た(原告ら先代に所有権が移転した後も矢田部が本件第一の(一)、(二)の土地を管理していた。)。
なお、千歳第二土地区画整理組合は昭和二〇年八月二〇日付で本件第一の(一)、(二)の土地に対する仮換地指定を矢田部玉造に対して行なつた。その時の仮換地に指定された土地は別紙第一図面の黄色部分であり、従前の土地は同図の緑斜線部分である。右図面表示のとおり、右の仮換地は現地換地であり、かつ、被告本橋豊吉および被告秋山札五郎は右仮換地後も依然として従前の土地を耕作していた。これは、終戦直後の混乱や農地改革の進行のためと右組合が指定した仮換地が区画整理道路等新設のため従前の土地の面積より少なくなつているため、一般に耕作者が仮換地上へ移動しなかつたためである。そして、右図面表示の区画整理道路(赤色の部分)は昭和二〇年一月ころ一時境界を定め溝を掘るなどの工事がなされたが、食糧事情の窮迫のため間もなく耕作された。ところが、千歳第二土地区画整理組合は昭和二四年一〇月ころ前記仮換地指定を取り消して新たに本件第一の(一)、(二)の土地に対する仮換地指定を原告ら先代に行なつた。その仮換地の位置、形状は飛換地された部分を除き別紙第二図面の黄色部分であり、従前の土地は同図の緑斜線部分である。これは、右組合が資金難のためすでに決定されていた区画整理道路を廃止して処分地をねん出する方針を定めたため既定の仮換地指定を変更する必要が生じたためである。ちなみに、右組合は昭和二四年九月二九日の第二二回評議員会および昭和二五年二月二六日の第二三回評議員会において仮換地変更の件を議決している。被告本橋豊吉および被告秋山札五郎はこの仮換地のとおり耕作することになり、また別紙第二図面表示の処分地(赤色の部分)は昭和二四年暮れころ右組合から塩田俊男に売却され、さらに右塩田は昭和二七年夏ころ訴外吉井外二名にこの処分地を売却したが、それまで右処分地は耕作されていた。なお、飛換地された部分は仮換地の前後を通じて農地であつた。以上のとおり、本件第一の(一)、(二)の土地およびその仮換地は、買収計画樹立当時から本件更正買収令書交付のときまでいずれも農地であつた。
したがつて、本件第一の(一)、(二)の土地は本件更正買収令書による買収処分当時自創法第三条第一項第一号にいう小作地たる農地である。
かりに右土地が小作地でなかつたとしても、右被告らが長期にわたつて耕作してきたものであるから、自創法第三条第五項第六号にいう「農地で所有権その他の権原に基きこれを耕作することのできる者が現に耕作の目的に供していないもの」に該当するものであることは明らかであり、このような土地については非小作地を小作地と誤認したかしがあつたとしても、そのかしは買収計画の取消原因となるのはともかく買収処分の無効原因となるものではない。
(二) 本件第一の(一)、(二)の土地は自創法第五条第四号の規定に基づく買収除外指定地ではなかつた。右土地が昭和二〇年六月二〇日に農地調整法第四条の四第四号の指定を受けたことは原告ら主張のとおりであるが、右指定があつたことにより直ちに自創法第五条第四号の規定に基づく買収除外地の指定があつたものとすることはできない。すなわち、昭和二〇年法律第六四号による農地調整法の改正はいわゆる第一次農地改革を行なうためになされたものであるが、この第一次農地改革においては、農地の小作農への譲渡は原則として強制買収の方法によらず、小作農の希望する場合に地主と小作農間の話合いによつて行なわれるものとし、例外的に大地主の農地を一括して解放する場合などにおいて地主の土地を強制的に市町村農地委員会等に譲渡させるという建前になつていたにすぎず、しかもこの強制譲渡は小作農が希望したときにはじめて農地委員会等が地方長官に申請してその手続が開始されることになつていたものであり、原告らの援用する同法第四条の四第四号はこの例外の例外規定として存在していたものである。これに対し、自創法はいわゆる第二次農地改革を行なうためになされた立法であるが、この第二次農地改革においては、農地は原則として小作農が希望すると否とにかかわらず政府が当然に強制的にこれを買収し、そのうえで小作農に売り渡すという建前になつていたのであり、この点において農地調整法と根本的に異つていたのである。そして、自創法第五条はこの新しい建前のもとにおける原則の例外規定として置かれたのである。したがつて、農地調整法第四条の四第四号と自創法第五条第四号の両規定はその文言においては類似しているけれども、実はまつたく異つた法の建前のもとで異つた意義を有する規定であるから、前者の規定による指定があつたからといつて当然に後者の規定による指定があつたものとすることはできない。このことは、自創法がこの点に関する経過規定を設けていないことからも推測できるし、また同法第五条第四号が同法制定以後に指定したもののみを買収除外地とする旨を明らかにしていることも右のように解すべき根拠となるものである。
(三) 本件第一の(一)、(二)の土地は自創法第五条第五号の規定に基づき買収除外地の指定をなすべき土地ではなかつた。すなわち、右土地が京王線千歳烏山駅より徒歩約一〇分の位置にあり、附近に公園やその他の住宅があつたことおよび土地区画整理事業施行区域内にあつたことは原告ら主張のとおりであるが、これらの事情があるにもかかわらず、右土地附近一帯は本件更正買収令書による買収処分当時農耕地が多く存在していたので、右土地は客観的にみて近い将来宅地化すべき性質を有する土地ではなかつた。したがつて、これを被告東京都知事が買収除外地に指定しなかつたのは違法とはいえない。
かりに右指定をしなかつたことが違法であるとしても右違法は重大かつ明白なかしとはいいがたいから、本件第一の(一)、(二)の土地に対する買収計画の取消原因となるのはともかく本件更正買収令書による買収処分の無効原因となるものではない。
四、かりに本件更正買収令書および本件新買収令書による買収処分が無効であるとしても、原告らの第一次的請求は権利の濫用である。すなわち、右買収処分を無効として本件第一の(一)、(二)の土地、したがつて本件第三の(一)ないし(三)の土地を買収手続開始以前に還元してみても、右土地は依然として農地であり農地法の規定によりいずれ買収されるべきものであるから、結局は単に買収手続をやり直すにすぎず、原告らは買収の対価以上の利益を受け得ないのに対し、右買収処分後右土地について権利関係を有するに至つた者の受ける損害は左のとおり多大である。
(1) 被告らは右土地の所有権を否定される。
(2) 被告東京都は本件第三の(一)、(二)の土地上に所有する都営住宅一一棟を収去しなければならず、これに伴い右住宅の居住者は住宅より退去しなければならない。
(3) 右退去および収去に伴い、国、被告東京都知事を除くその余の被告ら、都営住宅の居住者相互間に損害賠償その他面倒な問題を生ずる。
右のとおり、原告らに対してほとんど利益をもたらさず、しかも被告らその他の利害関係人にはかり知れないほど多大の損害を与えるような原告らの本訴第一次的請求は、たとえそれが形式的には正当な権利の行使であるとしても、実質的には権利の濫用として許されないものといわなければならない。
五、かりに右の権利濫用の主張が認められないとしても、前項記載のような事情がある以上、本件更正買収令書および本件新買収令書による買収処分を無効とすることは公共の福祉に適合しないものというべきであるから、原告らの本訴第一次的請求は行政事件訴訟法第三一条の類推適用により棄却されるべきである。
B、第二次的請求原因に対する答弁および主張
一、被告東京都知事は、原告ら先代に対し本件第一の(一)、(二)の土地について昭和二六年二月九日付で自創法第三条に基づき本件更正買収令書を発行し、右買収令書はそのころ原告らに到達したものであるが、原告らが右買収令書の到達を争うので、同被告は農地法施行法第二条第一項第一号の規定に基づき昭和三九年九月一七日付で本件新買収令書を念のために発行したものである。右の次第であるから、本件更正買収令書の到達が確認されれば、本件新買収令書の交付は余剰行為として当然に効力を失うものである。
また、これに反して、本件更正買収令書の到達が確認されなければ、本件新買収令書の到達により適法な買収処分が行なわれたことになるのである。
原告らは、本件新買収令書による買収処分はそれに先行する諸手続がなされた後長期間を経過してなされたものであるから手続上のかしがあると主張する。しかしながら、農地法施行法第二条によれば、自創法第六条第五項の規定による公告があつた農地買収計画に係る農地で農地法施行の時までに買収の効力が生じていないものはなお従前の例により買収しうるものとされている。そして、右のような農地について、それをいつまでに買収しなければならないかについては何も規定されていないのであるから、先行手続と買収令書の交付との間に長期間を経過しているから買収処分にかしがあるとする原告らの主張は条文上の根拠のないものである。
二、次に、原告らは本件第三の(一)ないし(三)の土地が本件新買収令書交付時の現況において農地でない旨を主張しているが、一般的には行政処分がその要件を満たしているかどうかは処分当時を基準として判断すべきものであるとしても、自創法による買収処分の場合においては、買収計画を樹立したときをもつて適否判断の基準時と解すべきである。すなわち、自創法によれば、買収処分は、買収計画に基づいて行なわれるものであり、まず買収計画において買収処分の内容をなす事項である買収すべき農地、買収の対価、買収の時期等が定められ、その公告、縦覧がなされ、それに対しては異論、訴願が認められ、それに対する都道府県農地委員会の承認を経て、都道府県知事により買収計画に定めた事項を記載した買収令書(自創法第九条第二項)の交付またはこれに代わる公告がなされることによつて行なわれるのであり、また、買収計画の公告後は買収等に支障を及ぼすおそれのない場合を除いて対象となつている物件の現状を変更することが禁じられている(同法第四二条。なお、同様の趣旨の規定は土地収用法第三四条にもある。)のであるから、買収令書が後になつて交付されても、その交付時をもつて買収処分の適否の判断の基準時となすべきではなく、買収計画が定められたときを判断の基準時とするのが当然であるというべきだからである。
しかして、農地法施行法第二条第一項によつて買収令書を交付する場合も、買収処分は当初の買収計画によつて行なわれるのであるから、事は同一であるといわなければならない。
特に本件のように、実質的な買収および売渡しの処分が昭和二六年二月ころに終了した後になつて、昭和二六年に買収処分があつたことを前提とし当該買収処分を昭和二六年二月九日付買収令書によるものと特定してその無効確認を求める訴えが提起され、右買収令書の送達の事実が争われ、処分庁と被買収者らとの間に長い抗争状態が継続したため、念のために改めて買収令書の送達が行なわれたような場合には、右買収令書の交付はいわば形式的な事後処理ともいうべきものであつて、買収令書の送達が遅延する間に諸事情が変化するのは当然ともいうべきことであるから、このような特殊の事例においては、買収処分の適否判断の基準時を買収令書交付のときとすべきではなく、買収計画樹立のときとすべきであり、一歩譲つても先に効力の有無が争われている買収処分のあつたときとすべきである。しかして、本件買収計画樹立時ないし先に効力の有無が争われている本件更正買収令書による買収処分のあつた時期においては、本件土地は農地であつたのであるから、本件新買収令書による買収処分は何ら違法のものではない。
三、かりに本件新買収令書による買収処分が違法であるとしても、これを取り消すことにより次のような結果を生じる。
(一) 公の利益に著しい障害を生ずる。すなわち、
(イ) 国から本件第三の(一)、(二)の土地の売渡処分を受けた被告秋山札五郎、同本橋豊吉は右土地の所有権を取得できなかつたことになるから、右被告らから右土地を買収し都営住宅一一棟を建設所有している被告東京都の右土地の所有権も否定され、同被告は右都営住宅を収去しなければならないこととなり、これに伴い右都営住宅の居住者らも右住宅から退去しなければならないこととなる。
(ロ) 右収去および退去それ自体社会的、経済的に大きな損害をもたらすものであるが、さらにこれに伴い国、被告秋山札五郎、同本橋豊吉、同東京都および前記都営住宅居住者らの間において、損害賠償その他の面倒な問題を生ずるし、また、本件第三の(三)の土地の売渡処分を受けた被告秋山半之亟と国との間にも同様の問題が生ずる余地がある。
(ハ) 次に本件第三の(一)ないし(三)の土地は、買収処分以前の状態に還元された場合においても、農地法第六条第一号にいう「所有者の住所のある市町村の区域の外にある小作地」にほかならないものであるから、現行農地法により買収を免れないものであつて、被告東京都知事は再びこれが買収手続をとらなければならないこととなり、結局同一手続を再度手数をかけてくり返すにすぎないのである。
(二) 原告らのうける利益は相対的にさ少のものである。すなわち、
(イ) 本件新買収令書による買収処分により原告らの得る対価は金二、四三〇円である。
(ロ) かりに右買収処分が取り消され、改めて右(一)、(ハ)で述べたように農地法により買収処分がなされるとすれば、その対価は農地法第一二条および同法施行令第二条により小作料の最高額の一一倍と定められ、また、小作料最高額は、同法施行規則第一四条の二により畑一級地九九一・七三五五平方メートル(一反歩)当り金八六一円と定められているところにより計算すれば、約金三万円余りである。
(ハ) したがつて、右買収処分が取り消されても、このことによつて、原告らの受ける利益は、農地法による買収対価と、本件買収対価の差額たる二七、〇〇〇余円にすぎないことになる。
(三) 右のとおり、原告らの受ける利益に比して、被告らその他利害関係人に計り知れないほど多大な損害を与える本訴第二次的請求は、行政事件訴訟法第三一条第一項により棄却さるべきである。
C、第三次的請求に対する答弁および主張
一、本案前の申立ての理由
農地法第八〇条は、自創法および農地法によつて買収された農地で農林大臣が管理している土地につき、これが同法施行令第一六条第四号に該当し、かつ、農林大臣において自作農創設等の用に供しないことを相当と認めたときは、買収前の所有者に売り払わなければならないと定めているが、右規定は、土地の買収されるに至つた沿革にかんがみ、国有財産法第六条の例外として農林大臣に普通財産の処分権限を与えたものであり、また、その場合における農林大臣の職責を定めたものにすぎない。しかも、農地法第八〇条による売払いは具体的には同法施行規則第五〇条に定められる買受申込者の申込みとこれに対応する農林大臣の売払通知書の交付という対等の立場に立つて行なわれる私法上の合意によつてなされるものであり、土地収用法第一〇六条において定めているように買収前の所有者に形成権たる買受権を認めたものと解することは農地法第八〇条の規定の体裁からいつて困難であるから、国は同条によつて旧所有者に土地を売り払うことを義務付けられるものではない。したがつて、本件更正買収令書により買収処分が適法かつ有効になされた以上、旧所有者たる原告らは本件第一の(一)、(二)の土地に対する一切の権利を失い、かりに右買収処分後の事情の変化によつてこれを農地として売り渡さないような事情が生じたとしても、それによつて旧所有者の相続人にすぎない原告らが右土地につき当然に何らかの権利または法律上の利益を取得することはないのである。よつて、原告らは本件売渡処分の無効確認を求める訴えの利益を有しないものというべきである。
二、本案の答弁および主張
本件更正買収令書の発行より八日早い昭和二六年二月一日付をもつて本件売渡令書が発行されたことは原告ら主張のとおりであるが、右売渡令書が被告秋山札五郎、同本橋豊吉、同秋山半之亟にそれぞれ交付されたのは右買収令書が原告らに交付された後である。したがつて、本件第一の(一)、(二)の土地の売渡処分は本件更正買収令書による買収処分の後になされたものというべきで、原告ら主張のようなかしはない。
かりに一歩譲つても、このような場合には、売渡処分は買収処分が行なわれた後において効力を発生するものとみるべきものであるから、本件更正買収令書による買収処分が有効に行なわれている現在においては本件売渡処分もまた有効と解すべきである。
(証拠省略)
理由
一、第一次的請求原因第一項記載の事実は、被告東京都が本件第三の(一)、(二)の土地について昭和三一年一二月二一日付買収を原因とする所有権移転登記手続を了したとの点を除き、当事者間に争いがない。
二、原告らは、被告東京都知事が本件更正買収令書をもつてなした買収処分は右更正買収令書が原告らに交付されていないから無効であると主張するので、右の点について判断する。
(一) 被告東京都知事が本件第一の(一)、(二)の土地、したがつて本件第三の(一)ないし(三)の土地を買収するため本件更正買収令書を発行したことは当事者間に争いがない。しかして、成立に争いのない甲第三号証の一ないし四によれば、本件更正買収令書は他の一七通の更正買収令書とともに発行されたものであり、しかも、その交付手続については、右一八通の更正買収令書のうち東京都内在住の土地所有者(被買収者)に対するものは当該土地所有者の住所地を所轄する農地委員会に依頼して交付すべく、依頼を受けた農地委員会は当該更正買収令書を土地所有者に交付するとともにその受領証および買収対価受領のための委任状に署名、なつ印を受けてこれを被告東京都知事に返送すべきものとされていたことが認められる。したがつて、これによれば、もし本件更正買収令書が原告らに交付されたものとするならば、それは被告東京都知事から原告ら先代の住所でありかつ原告らの住所でもあつた東京都江戸川区平井三丁目二、〇七八番地を所轄する江戸川区農地委員会に対し本件更正買収令書の交付方の依頼がなされ、同農地委員会から原告らに交付されるという手続がとられたはずである。しかるに、右甲第三号証の二の第二葉の「第一案」と題する農地課長より関係各農地委員会長に対する更正買収令書交付方依頼書案をみると、同依頼書案中の「関係農地委員会長宛」なる記載の直下に、被告東京都知事が前記の定めに従つて本件更正買収令書を含む前記一八通の更正買収令書中東京都内在住の土地所有者に対するものにつきその交付方を依頼した農地委員会として世田谷区西部地区、武蔵野市、目黒区および中野区の四つの農地委員会名が記載され、かつ、それぞれ依頼書発送の契印も押なつされているにもかかわらず、江戸川区農地委員会の名は記載されておらず、右被告が同農地委員会に対し本件更正買収令書を原告ら先代ないし原告らに交付すべきことを依頼した形跡のないことが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。また成立に争いのない甲第五号証の一、二によれば、江戸川区農地委員会買収令書受領証及委任状発送控綴簿には、昭和二五年九月ころから昭和二六年五月ころまでの間に江戸川区農地委員会が被告東京都知事からの依頼を受けて原告らに対し本件更正買収令書を交付し、原告らから右更正買収令書の受領証と買収対価受領のための委任状に署名、なつ印を受けてこれを右被告に返送した事実のあつたことにつき記載のないことが認められる。(なお、買収令書の交付手続については、右のほかに、昭和二二年一月二〇日付二二農局第八〇号をもつてなされた農政局長より農地事務局長および地方長官あての「農地等の買収及び売渡事務要領について(第二)」と題する通達中「第七買収令書の発行」第八項は、地方長官(都道府県知事)はその作成した買収令書中在村地主および近接町村居住の不在地主分を一括して買収すべき土地の所在地を所轄する市町村農地委員会に送付し、送付を受けた農地委員会は受け取つた買収令書中在村地主分は直接名あて人に送達しその受領証および買収対価受領のため委任状に署名、なつ印を求めるべく、また近接町村居住の不在地主分は当該不在地主の住所地を所轄する町村農地委員会に届けてその送達を依頼し、依頼を受けた農地委員会はその買収令書の記号等を控えた上で名あて人に送達しその受領証および買収対価受領のための委任状に署名、なつ印を求めてこれを送達を依頼した農地委員会に返戻すべく、返戻を受けた農地委員会は在村地主分と一括して右受領証および委任状を地方長官(都道府県知事)に返送することと規定し、また、証人三浦文敬は東京都においては買収令書の交付は被告東京知事から被買収者の住所地を所轄する農地委員会を経由してなすのが原則であるが、このほかに買収すべき土地の所在地を所轄する農地委員会を経てなす場合および被告東京都知事から被買収者に直接送達してなす場合がある旨証言している。しかしながら、本件更正買収令書の交付手続については、前記認定のように被告東京都知事から原告らの住所地を所轄する江戸川区農地委員会を経由してなすべきものと特に定められているのであるから、特段の事情が認められないかぎり、本件更正買収令書の交付が右の手続によることなく、被告東京都知事から買収すべき本件第一の(一)、(二)の土地の所在地を所轄する西部地区農地委員会を経由した上あるいは直接被買収者たる原告らに送達してなされたものと考えることはできない。そして、このような事実があることを認めるに足りる証拠もない。)
右認定事実からすれば、本件更正買収令書は原告らに対して交付されなかつたものと認めるのが相当である。
(二) 被告らは、本件更正買収令書は昭和二六年ころ原告らに交付されたはずであるとして「被告らの答弁および主張」A、二、(二)、(1)ないし(5)において種々主張するので、これについて判断する。
(1) まず、右(1)の主張は、要するに、買収令書が作成され知事印が押なつされている以上はそれが名あて人に発送され到達しているとみるのが自然のなりゆきであるから本件更正買収令書は原告らに到達しているものとみるべきであるというのであるが、かりに一般的には被告ら主張のように買収令書の到達を推定することが許されるとしても、本件更正買収令書の場合には前記認定のような事情が存するのであつて、右のような推定をすることは適当でない。
(2) 被告らは、右(2)および(3)において、本件更正買収令書と同時に発行された他の一七通の更正買収令書についてはその不送達を申し出る者がないからいずれも送達されているものと推測され、したがつて、本件更正買収令書も原告らに到達しているものと認められる旨主張する。しかしながら、他の者に対して買収令書が違法に交付されているとしても、そのことから直ちに原告らに対しても本件更正買収令書が送達されているものと推定することはそれ自体なんら合理性のあるものとはいえないのみならず、かりに右の推定が一応許されるとしても、本件更正買収令書の場合には前記認定のような事情があるので適切でない。よつて、右主張も理由がない。
(3) 被告らは、また、右(3)において、東京都経済局農地課管理係特別会計班保存の「農地買収令書訂正原議綴」中の「農地買収に対する更正令書交付について伺」には本件更正買収令書が江戸川区農地委員会を経由して交付されたことを証するに足りる契印は欠けているがそのことから直ちに右更正買収令書が同農地委員会を経由しなかつたものと断定することはできないのみならず、かりに同農地委員会を経由しなかつたとしても、被告東京都知事から直接にまたは西部地区農地委員会を経由して原告らに送付されることもありうると主張する。しかし、本件更正買収令書が江戸川区農地委員会を経由して原告らに交付されたものと認められないことおよび右更正買収令書が被告東京都知事から直接にまたは西部地区農地委員会を経由して原告らに送付されたものと考えることのできないことは前記認定のとおりである。よつて、被告らの右主張も理由がない。
(4) 被告らは、さらに、右(4)において、原告島村元紹が昭和二七、八年ころ本件土地の現場に来た際被告秋山札五郎および同本橋豊吉の耕作権限を問題とすることなく処分地に建物の建てられていることのみを問題としたのはそのとき以前に本件更正買収令書が右原告に到達していて同原告が買収処分のあつたことを知つていたためであると主張し、また、右(5)においては、原告らが本件更正買収令書による買収処分のあつたことを知つたと主張する昭和二七年末ころから五年以上を経てから本訴を提起したのは原告らの買収を免れるための努力とそのための調査の結果関係書類の散逸していることを発見したことに起因するものであると主張する。しかしながら、被告らの主張する右のような事実、すなわち、原告島村元紹が被告秋山札五郎および同本橋豊吉の耕作権原を問題とせず処分地上に建物の建つていることのみを問題としたこととか、あるいは本訴提起が原告らが買収処分のあつたことを知つたときから五年以上を経過してからなされたこととかは、いまだ前記認定を覆えすに十分でない。
(5) よつて、被告らの右主張はすべて理由がない。
(三) ところで、買収令書が被買収者に交付されないかぎり買収処分はその効力を生じない、すなわち、無効と解すべきところ(自創法第一二条第一項参照)、被告東京都知事が本件更正買収令書をもつてなした買収処分は、前記のように右更正買収令書が原告らに交付されなかつたものと認められるので、その余の点について判断するまでもなく、無効である。
三、被告東京都知事が昭和三九年九月一七日本件新買収令書を発行し、これが同月一八日原告らに交付されたことは当事者間に争いがない。
被告らは、右新買収令書は本件更正買収令書が原告らに交付されていない場合をおもんばかつて被告東京都知事が農地法施行法第二条第一項第一号の規定に基づき発行したものであるから結局本件第三の(一)ないし(三)の土地は有効に買収されたものであると主張し、原告らはこれを争うので、次にこの点につき判断する。
原告らは、本件新買収令書による買収処分の無効原因を種々主張するが、まず、本件第三の(一)ないし(三)の土地はいずれも現況が宅地または少なくとも近く土地使用の目的を変更し宅地とすることを相当とする土地であるからこれを農地として買収することは重大かつ明白なかしがあり無効であるとの主張について検討することとする。
思うに、自創法による農地の買収処分は政府が当該土地を小作農その他命令で定める者で自作農として農業に精進する見込みのあるものに売り渡して自創法第一条に掲げる目的を達成するためにその前提として行なわれるものであるから、買収計画樹立当時には農地であり買収の要件に欠けるところがない場合であつても、その後買収令書が被買収者に交付されるまでの間に当該土地の状況が変化し農地としての性質を喪失したり、あるいは四囲の状況の変化により当該土地も近く使用目的を変更し農地以外の目的に供することを相当とするに至つたときは、たとえ買収手続を続行して買収処分をしたとしても、右土地を小作農その他命令で定める者で自作農として農業に精進する見込みのあるものに売り渡し、もつて自創法の目的である自作農を創設したりあるいは土地の農業上の利用を増進することはできないから、このようなときは自創法第三条の規定による買収処分の適否については、その対象たる土地が買収の要件を具備しているかどうか、特に当該土地が農地であるかどうかとか近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地であるかどうかということは、買収処分の効力発生時である買収令書交付の時を基準として判断するのが相当である。そして右の理論は、農地法施行法第二条第一項一号の規定に基づいて買収令書の交付がなされた場合においても、それが単にさきになされた買収令書の交付またはこれに代わる公告のかしを補正するためになされたにとどまるような場合を除いて、同様に妥当するものと解するになんらの妨げもない。しかして、本件の場合、原告らに本件更正買収令書が交付されなかつたことは前記認定のとおりであるから、本件新買収令書の交付は単にさきになされた買収令書の交付またはこれに代わる公告のかしを補正するにとどまるものではなく、これによつてはじめて本件第三の(一)ないし(三)の土地に対する買収の効力が生ずるのである。したがつて、本件第三の(一)ないし(三)の土地が自創法の規定による買収要件を具備するかどうか、特に右土地が農地であるかどうかとか近く土地使用の目的を変更することを相当とする土地であるかどうかということは本件新買収令書が原告らに交付された昭和三九年九月一八日現在を基準として判断すべきである。
そこで、昭和三九年九月一八日当時の本件第三の(一)ないし(三)の土地の状況について検討する。
まず、本件第三の(一)、(二)の土地については、被告東京都が昭和三一年一二月二一日右各土地の所有権を取得し、右両地上にまたがつて都営住宅一一棟を建築し所有していることは当事者間に争いがなく、このことと検証の結果とを考え合わせれば、右両土地が昭和三九年九月一八日当時すでにまつたく宅地化していたことは明白である。
また、成立に争いのない甲第四号証、第一一号証の一、二および乙第五号証の一ないし四、原告ら主張のような写真であることに争いのない甲第一二号証の一ないし七、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認める甲第一三号証、証人秋山イネの証言ならびに検証の結果を総合すると、本件第三の(三)の土地を含む一帯の地域は千歳第二土地区画整理組合により土地区画整理の実施された地域であること、本件第三の(三)の土地は京王線千歳烏山駅および芦花公園駅からそれぞれ徒歩約一〇数分の至近距離にあること、そして昭和三九年一〇月ころには右土地の周囲はほとんど宅地化し右土地は住宅地に取り囲まれた状態にあること、すなわち、右土地の北側は公道に接しその公道の北側には右公道にそつて人家が建ち並び、また右土地の南側一帯にも人家が建ち並んでいること、また東側の土地は空地となり雑草が茂つているが、その東隣りには人家が建つており、他方、西側の土地は被告秋山半之亟の所有地であるがこれまた空地として雑草の繁茂するままに放置されていて(しかも、昭和三九年四月一七日畑から雑種地に地目が変更されている。)、さらにその西側の土地には人家が建ち並んでいること、そして、本件第三の(三)の土地自体も、千歳第二土地区画整理組合の換地処分により被告秋山半之亟の所有となつて以来、右換地処分後しばらくの間同被告によつて耕作されたほかは、林某に一時貸し付けられ植木置場として使用され、さらに昭和三四、五年ころ以降は空地として雑草の繁茂するままに放置されて今日に至つていること、そして、本件第三の(三)の土地は昭和三九年一一月ころには三・三〇五七平方メートル(一坪)当り約金六八、〇〇〇円の更地価額を有するに至つていたことをそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。以上の事実からすれば、本件新買収令書が原告らに交付された昭和三九年九月一八日当時本件第三の(三)の土地はすでに宅地化していたかあるいは少なくとも近く土地使用の目的を変更し宅地とすることを相当とすることが客観的に明白であつたものと認めざるを得ない。
そうとすれば、被告東京都知事が本件新買収令書をもつてなした買収処分も、本件第三の(一)、(二)の土地に対する部分は宅地を対象としてなしたものとして、また本件第三の(三)の土地に対する部分は宅地あるいは少なくとも近く土地使用の目的を変更して宅地とすることを相当とする土地を対象としてなされたものとしてすべて違法であり、しかも、その違法は重大かつ明白なものというべきであるから、その他の点につき判断するまでもなく、当然に無効である。
四、結論
(一) 前二項において判断したところから明らかなように、被告東京都知事が本件更正買収令書をもつて本件第一の(一)、(二)の土地に対してなした買収処分および本件新買収令書をもつて本件第三の(一)ないし(三)の土地に対してなした買収処分はいずれも無効であるといわなければならないから、原告らは今なお本件第三の(一)ないし(三)の土地の所有権を有することとなり、その反面、被告秋山札五郎、同本橋豊吉および同秋山半之亟はいずれも本件売渡処分によつて本件第三の(一)、(二)、(三)の土地を取得するに由なかつたものであり、したがつてまた、被告秋山札五郎および同本橋豊吉から本件第三の(一)、(二)の土地を買い受けたとする被告東京都も右各土地の所有権を取得し得なかつたのである。
そうとすれば、原告らは、被告秋山札五郎に対しては本件第三の(一)の土地につき主文第二項記載の所有権取得登記の、被告本橋豊吉に対しては本件第三の(二)の土地につき主文第三項記載の所有権取得登記の各抹消登記手続を、被告秋山半之亟に対しては本件第三の(三)の土地につき主文第四項記載の所有権取得登記の抹消登記手続と右土地の明渡しを、被告東京都に対しては本件第三の(一)、(二)の土地につき主文第五項記載の所有権取得登記(同被告が右登記を経由していることは成立に争いのない乙第七号証および第八号証によつて明らかである。)の抹消登記手続と右地上に存する都営住宅一一棟を収去して右土地を明け渡し、かつ、同被告が右土地の占有を開始した昭和三一年一二月二一日以降右土地の明渡しを完了する日まで三・三〇五七平方メートル(一坪)当り一か月金二〇円の割合によつて計算した賃料相当の損害金(右土地の賃料相当の損害金が三・三〇五七平方メートル(一坪)当り一か月金二〇円であることは前掲甲第一三号証と弁論の全趣旨によつてこれを認める。)の支払をなすべきことを各請求する権利を有することが明らかである。
(二) 被告らは、本件更正買収令書による買収処分が無効であるとしても、本件第一の(一)、(二)の土地、したがつて本件第三の(一)ないし(三)の土地はいずれ農地法により農地として買収されるべきものであるから、原告らの第一次的請求は権利の濫用として許されない旨主張する。
しかし、前記認定のように本件第三の(一)、(二)の土地はまつたく宅地化し、また、本件第三の(三)の土地も宅地または少なくとも近く土地使用の目的を変更し宅地とすることを相当とする土地となつているのであるから、もはや右各土地が農地法により農地として買収されることは考えられないところである。そうとすれば、被告らの右権利濫用の主張はその余の点について論ずるまでもなく失当である。
(三) 被告らは、また本件更正買収令書による買収処分を無効とすることは公共の福祉に適合しないから原告らの本訴第一次的請求は行政事件訴訟法第三一条の類推適用により棄却されるべきであると主張する。
しかしながら、行政事件訴訟法第三一条は同条の規定からも明らかなとおり取消訴訟について適用される条文であり、同法は同条の無効確認訴訟あるいはいわゆる争点訴訟への準用を規定していない。これは、取消訴訟と無効確認訴訟および争点訴訟との性質の相違に基づくものと解されるのみならず、同条のいわゆる特別事情による請求棄却の制度は、取消訴訟においては係争行政処分に取消原因たるかしが存する以上取消判決がなされるのが原則であるのに対し、当該行政処分を取り消すとこれを基礎としてすでに成立している法律的あるいは事実的関係が遡及的にその基礎を失つて覆滅するため公共の福祉に適合しない事態を生ずると認められる場合に、公共の福祉の要請に基づき、同条に規定する要件の下に、行政処分が違法であつても取消しをしないで原告の請求を棄却しうることとした例外的な制度であると考えられるから、右のような例外的な制度である行政事件訴訟法第三一条の規定は明文の規定をまたずにみだりに無効確認訴訟あるいはいわゆる争点訴訟に類推適用ないし準用することを許されないものといわなければならない。したがつて、被告らの右主張もまた理由がない。
(四) よつて、原告らの本訴第一次的請求はすべて理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用については、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 位野木益雄 高林克巳 石井健吾)
(別紙省略)